全盲ママの幼少期 〜大好きだった描くことと、色との別れ〜🌸 番外編③

盲学校の美術室で、キャンバスに描かれたハチドリの絵に油絵具で色を乗せる高校生時代の全盲ママのイラスト。手元には拡大表示用のタブレットと太いマジックがあり、一生懸命に表現を楽しむ様子。パステル風の優しいタッチ。 番外編

こんにちは😊
晴眼者のパートナーと1歳の息子を育てている全盲ママです。

今回は、私が幼いころから大切にしてきた「描くこと」について、
そして視力の変化に気づいたときに感じた心の動きについて、少し振り返ってみたいと思います。


◆ 「こだわり」が強かった幼少期と絵との出会い

幼いころの私は、一つのことが気になると、
納得いくまで続けてしまうタイプの子どもでした。

補助輪なしの自転車に乗れるようになりたくて、
朝から一人で黙々と練習したり、
ひらがなや漢字の書き取りでは、少しでも線がずれると気になって何度もやり直したり。

先生に「そんなに頑張らなくて大丈夫だよ」と言われても、
自分の中の“ここまでやりたい”という気持ちを止めることができませんでした。


◆ 自由な表現に没頭した「お姫様のドレス」と創作の喜び

そんな私が自然と惹かれたのが「絵」でした。

特に、お姫様のドレスを描くのが好きで、
描いているうちに「こんな形がいいかも」「もっとこうしたい」と発想が広がり、
気づけば毎日のように何時間も絵を描いていました。

絵には正解がない分、終わりもなく、
その“自由さ”が私にはとても心地よかったのだと思います。

小学生のころは、運動会の旗や看板などのイラストを任されることが多く、
描くことは次第に“自分らしさ”のひとつになっていきました。


◆ イラストコンテストへの挑戦と「絵を仕事に」という夢

中学生のころ、雑誌の裏に載っていたイラストコンテストに応募してみたことがあります。

誰かに見られることは少し恥ずかしかったのですが、
挑戦してみたいという気持ちのほうが勝ちました。

結果は、自分でも驚くほど良い評価をいただきました。
独学ながら、いくつかの表現方法が理にかなっていたようで、
この経験が「将来はイラストに関わる仕事がしたい」という思いにつながりました。


◆ 視力の低下と「色が消えていく」ことへの戸惑い

しかし、小学5年生頃から中学生にかけて、
少しずつ“違和感”が増えていきました。

段差に気づけなかったり、人にぶつかったり。
「何かおかしい」と感じながらも原因が分からず、モヤモヤしていた時期です。

その中でも、特に忘れられない瞬間があります。

美術部で友達のイラストに色を塗っていたとき、
友達が静かにこう言いました。

「この色、違ってるよ」

その言葉を聞いた瞬間、胸の中がすっと冷えるような感覚がありました。
自分でペンを見比べても、赤と茶色の違いがはっきり分からない。

“色の識別が難しくなっている”
その事実に気づいた瞬間でした。

ショックと同時に、
静かに“何かが変わってしまった”と理解するような、
そんな感覚だったことを覚えています。

それまで大好きだった描くことに対して、
少し距離を置いてしまうきっかけになりました。


◆ 網膜色素変性症との診断と「見えない自分」を受け入れるまで

高校2年生のとき、病院で 網膜色素変性症 と診断されました。

その頃には日常生活でも生きづらさを強く感じていたため、
病名がわかったことで少し安心した部分もありました。

ただ、「もう以前と同じようには見えない」という現実を受け止めるには、
やはり時間が必要でした。


◆盲学校での再会:視覚を補う「新しい描き方」との出会い

その後、家族や友達の支えもあり、盲学校へ転校しました。

転校が決まったとき、友達が
「あなたは助けたくなる雰囲気を持っているから、どこに行っても大丈夫だよ」
と励ましてくれました。

転校することに不安を抱えていた気持ちがふっと軽くなったのを、
今でもよく覚えています。

そこで、美術部があると知りました。

「見えないのに描けるのかな」
そんな不安がありましたが、
同時に「もう一度描いてみたい」という気持ちも確かに残っていました。

美術部では、個性的で熱心な先生が指導してくださり、
私の見え方に合わせた技法を提案してくれました。

太い黒線で輪郭をしっかり描く。
色を重ねて濃淡を出す。
細かい部分はタブレットを使って拡大して見る。
視野が欠けて全体像がつかめない私のために、先生がガイドラインを入れてくれる。

大きなキャンバスに向かうことは緊張しましたが、
何度も描き直しながら完成へと近づけていきました。

私の見え方に合わせて、
様々な工夫や技法を取り入れて指導してくださった先生には、とても感謝しています。

完成した作品は、『Humming bird』。
自然いっぱいの風景の中で、
花の蜜を吸いに来たハチドリを描きました。

なぜハチドリにしたかというと、
小学生のとき国語の教科書でハチドリの存在は知っていたものの、実際に見たことがなく、
鳥なのにとても小さく花の蜜を主食とするハチドリがかわいい姿だと思い、印象に残っていたこと。

そして、小さいながらにブーンという音が聞こえるほど一生懸命羽を動かして生きる姿が好きだったので、ハチドリを描くことに決めました。

この作品が完成した時、
できることはやりつくしたという達成感と共に、
描くことに対して、今度は笑顔で別れることができるという
すっきりしたような不思議な気持ちと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

盲学校の美術部で、ハチドリの絵を描く全盲の女子生徒の水彩イラスト。タブレットを使いながら制作している様子
盲学校の美術部で、見え方に合わせた工夫をしながら描いた最後の作品「Humming bird」

◆ 過去から現在へ:形を変えて受け継がれる「表現の情熱」

いま私は、メイクやファッションが大好きです。

頭の中で仕上がりのイメージを膨らませ、
そのイメージに近づけるように工夫していく作業は、
どこか昔の「絵を描く感覚」と似ている気がします。

今は、YouTubeでコスメの質感や色のレビューを調べて、
「この色はどんな印象になるのか」
「質感が変わるとどう仕上がりが変わるのか」など、
イメージを探求する時間がとても好きです。

その延長線上に、私のブラインドメイクの記事があります。
よければそちらも覗いてみてくださいね。


視力の変化が教えてくれた「心の目」で描く新しい世界

視力の変化によって失ったものもありましたが、
その過程で得た気づきや、周りの支え、
そして新しい形で見つけた“表現の楽しさ”は、今の私にとって大切な宝物です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました🌸


コメント