こんにちは😊
今日は、「全盲ママ」の日々を近くで見てきた立場から、
どうしても言葉に残しておきたかった、ひとつの記憶をお話しします。
それは、彼女が盲学校を卒業し、社会に出て間もない頃のことでした。
二十二歳。
視力はすでにほとんど残っておらず、スマートフォンの操作も、画面を見ることなく音声だけを頼りに行っていた時期です。
そんなある日、私は一通の手紙を受け取りました。
それが、彼女が「目で見える状態」で書いた、最後の手書きのラブレターでした。
それがラブレターだと分かったうえで、手紙を開きました。
けれど、便箋に並ぶ文字を目にした瞬間、
その文字の重さに、体が震えたことを、今でもはっきりと覚えています。
一文字ずつ、一筆ずつ、
どれほどの時間をかけて書いてくれたのだろうと思いました。
視力を失っていく不安や恐怖のただ中にいたはずなのに、
それでも彼女は、「自分の文字で、想いを残す」ことを選びました。
信頼に届くまで、二年という時間がありました。
そのあいだ、
「目が見えない、面倒な私じゃなくてもいい」
そんな言葉が、繰り返し投げかけられていた時期もありました。
それでも彼女は、書くことをやめなかった。
震えながらも、まっすぐで、どこか力強い文字で、
最後まで想いを綴っていました。
あの手紙は、
「愛している」という言葉以上に、
生きる覚悟のようなものを、静かに伝えてきた気がします。
それから八年。
今、彼女は全盲のママとして、子どもと共に暮らしています。
笑い声のある毎日を、楽しみながら、生きています。
目には見えなくても、
あのときの文字は、今も私の心に、はっきりと残っています。
見えないけれど、見える幸せがある。
あのラブレターは、そのことを、今も静かに教えてくれています。
—— 文字の向こうに立ち会った編集担当


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