こんにちは😊
晴眼者のパートナーと1歳の息子を育てている全盲ママです。
前回は、子ども時代から「網膜色素変性症」と診断されるまでのお話を書きました。
今回は、視覚障害と診断された後、進路をどう考え、盲学校へ転校し、自立へと歩み出したのかについて綴ります。
病名がわかってからの葛藤|視覚障害と向き合う高校時代
高校2年の夏、事故をきっかけに私は「網膜色素変性症」と診断されました。
治療法は確立されていないと聞いたとき、正直に言って絶望しました。
これからどう生きていけばいいのだろう。
普通の進学や就職はできるのだろうか。
それまで感じていた漠然とした違和感が、はっきりと「視覚障害」という現実になった瞬間でした。
盲学校への転校を決めた理由|進路の再選択

進路を考えなければいけない時期に、医師や支援者の方から「盲学校」という選択肢を教えてもらいました。
盲学校では、点字や歩行訓練、生活訓練など、自立を見据えた教育が行われています。自分の見え方に合った環境で学べるのではないか——そう思い始めました。
当時は「転校=普通の道から外れること」という思い込みもあり、迷いもありました。それでも、高校3年に上がる春、私は盲学校へ転校する決断をしました。
仲間と学び合う日々|「私だけじゃない」と思えた瞬間
盲学校には、同じように視覚障害と向き合いながら前向きに学ぶ仲間がいました。
失明の不安を経験した人。
資格取得を目指して努力している人。
その姿を見たとき、初めて思いました。
「私だけじゃない」
それまで「普通の人とは違う」と感じていた気持ちは、「目が悪いという個性を持っているだけ」という考えへと少しずつ変わっていきました。
資格取得と自立の第一歩|視覚障害があってもできること

盲学校での学びは、単なる勉強ではなく「自立の準備」でもありました。
資格取得に向けて努力し、小さな成功体験を積み重ねる中で、「私にもできることがある」という自信を取り戻していきました。
卒業後は実家を離れ、一人暮らしを始め、就職にも挑戦しました。失敗や悩みもありましたが、自分の力で生活する経験は、将来の結婚や子育てを考えるうえで大きな土台になりました。
パートナーとの出会いと人生設計
社会人として働いていた頃、体調を崩して退職することになりました。不安が再び大きくなった時期でもあります。
そんな中、パートナーの転勤が決まり、私は彼についていくことを選びました。
慣れない環境での同棲生活は決して楽なことばかりではありませんでしたが、日々を共に重ねる中で「この人となら人生を歩める」という安心感が生まれていきました。
そして少しずつ、子どもを持つ未来も描けるかもしれないと思えるようになったのです。
視覚障害があっても、人生設計そのものを諦める必要はない。そう思えたのは、盲学校での学びと自立の経験があったからこそでした。
まとめ|視覚障害があっても人生は設計できる
網膜色素変性症と診断されたとき、人生が止まったように感じました。
でも今は違います。
視覚障害は「制限」ではあっても、「人生の終わり」ではありません。
環境を変え、支援を受け、挑戦を重ねることで、選択肢は確実に広がりました。
次回は、妊活や初めての妊娠についてお話しします。
妊娠・出産体験シリーズ一覧(全13話)
※本シリーズは、全盲の筆者による個人の体験・感想をもとに記録しています。
医療的判断や育児方法については、専門家の意見を優先してください。


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